学び舎コラム-出張版

勉強はなぜ苦痛なのか?  やりたくないことをやらされる地獄

夏に引き続き、寺子屋の子たちは、特別に用意した「算数おさらいビンゴ」で、冬休みまでに学んだことをゲーム感覚で復習してもらいました。

ふつうにプリントをやるだけだとイヤイヤやっている子でも、ゲーム感覚でやり始めると、次を、次をとどんどんとプリントを進めてくれるようになります(ビンゴするともらえるお菓子目当てというのもありますが…)。

特に今回のビンゴは夏休みのときのビンゴをさらにバージョンアップさせ、まずは基本問題をクリアしてから、文章題など難易度の高い問題にチャレンジしていくという二段構えの構成にしたので、いつの間にか難しい問題にチャレンジさせられることに後悔している子もいました(笑)。

 

たいていの子にとって、勉強というのは「労働」であり、勉強をすることで得られる、学ぶこと、賢くなることが対価であると考えることはありません。

なぜそうなるかというと、勉強が「強制」されたものだからです。

 

そもそも、「勉強」という言葉は「勉(つと)める」ことを「強(し)いる」、つまり、強制的にやらなきゃいけないことをやるという意味ですが、だからこそ多くの子どもは勉強をキライになるし、実は多くの親御さんも勉強がキライです(笑)。

だけど、大人になってしみじみと勉強は大切だと思うから、自分がされてイヤだったにもかかわらず、勉強を強制してしまうのです。

 

それでは勉強が好きだった親御さんだったら?

 

お子さんに勉強を強制することなく、自然と学ぶこと、考えることを楽しめるように身につけさせることができます。

なぜなら、そこには強制がないからです。

お子さんに勉強「させたい」と思うのであれば、強制せずに、強制力を働かせることが大事です。

 

(本コラムは鳥羽見小学校で配布された、寺子屋通信の内容を再掲しております)

  • この記事を書いた人

メンター 田中聖斗

名古屋市守山区で『鳥羽見寺子屋』を主宰。子どもたちに寄りそうことを重視し、塾に行けない・行きたくない子・どんな子でも受け入れて学習指導をしています。 2024年からMOGU-teの経営を引き継ぎ、2階で寺子屋もやっている、作家です。教材を作ったりもしています。

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