寺子屋の学び 土曜特別授業

国語力を高める〈国語塾〉を始めました

鳥羽見寺子屋で「国語塾」が始まりました。

国語はすべての教科につながる基礎的な学問であり、「思考力」が求められる昨今、様々な教科に長文読解が入ってくるようになりました。

しかしながら、塾では「数学」「英語」が優先されがちな上、他の教科に比べると、意外と成績が伸びづらい教科でもあります。

それはなぜか?

「日本語だから」なんとかなると考えている人が多いからです。

でも、私はこれでも作家なので断言できますが、国語に必要な力(国語力)がなければ、国語が得意になったり、国語の成績は上がったりはしません

そこで寺子屋では、国語力を高める為に、必要な3つの能力である、

「語彙力」
「読解力」
「表現力」

を伸ばす授業を始めました。

 

「語彙力」を伸ばす重要性(漢字)

国語で「漢字」の勉強する子は多くても、実はもっと重要なものがあります。

それは、「語彙(ごい)」です。

語彙というのは、言葉の表現や意味をどれだけ知っているかというということですが、国語が苦手な子は、この「語彙」が圧倒的に少ない傾向があります

たとえば、漢字のテストって、低学年をのぞけば一文字だけの「単漢字」だけで出ることってそんなに多くないですよね?

だいたい、文脈の中で、それも漢字の組み合わせである「熟語」として出ることも多い。

特に学年が進むほど、同音異義語(完走・感想・間奏のような音だけ同じ熟語)や、同じ部首の様々な漢字を習っていくので、漢字テストで、習った漢字が書けたとしても、「じゃない方」が書けなくて×、ということがよくあります。

漢字一文字だけでは「OK」にはならない

つまり、「漢字だけ」おぼえてもダメなのです。

漢字を使った熟語や、漢字を使う文脈を知らないといけない。つまり、「語彙」が必要なんです。

 

「語彙力」を伸ばす重要性(読解)

また、「語彙」は言葉の意味をどれだけ多く知っているかということになりますので、語彙が少ない場合、文章の読解でもつまずくことがあります

言葉の意味がわからないと、文の内容がわからないからですね。

わからない言葉を飛ばしても問題ないこともありますが、大事なキーワードの意味がわからなかったら、問題が解けるはずがありません。

たとえば、

「顔が青白くなった」

という表現でも、顔が本当に青くなるわけじゃないですよね。

青白い顔

こういう想像をする子もいます

あくまでも「顔が赤くなる」と対をなす、血の気が引いている様を表す表現で、そこから、そういう「心情」が読み取れるわけですが、この言葉の意味を知らないと、その、心情を問う問題で間違うことだってあります。

つまり、
「読解力」以前に「語彙力」が必要なんです。

語彙の重要性は、おもに中学受験をする子向けの、「小4くらいまでに1000~1200語おぼえよう」という本が多々あることからもわかります。

上記はほんの一部ですが、『声に出して読みたい日本語』の斎藤孝先生や、「金田一先生」としておなじみの金田一秀穂先生、「百ます計算」で有名な影山先生など有名先生のものがあったりと本当に様々で、中学受験する子は最低一冊はやっておく必要があると言われています。
(中学受験にはもっと語彙が必要ですが)

実際に1000語「使える」子はあまりいないですけど、「意味がわかる・読める」※くらいになるのが目標です。
(※これを需要語彙と言います)

 

語彙力アップトレーニング

そんな大事な語彙力を増やすには、読書や、先に挙げたようなドリルのほか、普段の生活から多くの語彙に触れることが大切です。

たとえば親子の会話でも、子どもに対して大人同士に使う言葉を使いつつ、その意味を教えるとか、子どもに対してニュースの言葉の説明をしたりすることも、語彙を増やすことにつながります(だから語彙力がある子は新聞が読めます)。

とはいえ、日常で身につけるのは時間のかかることなので、寺子屋の国語塾では、語彙を増やすプリントをやる時間を設けています。

プリントやドリルで語彙を増やそうとするとき、ついつい熟語を暗記させよう!となりがちです。

しかし、ただただ熟語を丸暗記するのだと、楽しく学ぶことは出来ません

勉強嫌いの子からすると、むしろ苦痛でしょう。

そのため、国語のベテラン先生が作った、子どもたちがパズル的な感覚でやれるプリントを使うようにしています。

そもそも、漢字にはそれぞれ意味があり、たとえば「開」なら「開始」「開会」「開閉」など、「ひらく」という意味があるのでそれを組み合わせた熟語が作れます。

そして、語彙が多いというのは、この知っている組み合わせが多いということでもあり、熟語を知らなくても、

「この漢字とこの漢字を組み合わせたら、こういう熟語になる」

ということがすぐにわかるということです。

ですから、漢字のそういった性質を利用しながら、考えながら学習した方が効果的なのです。

もちろん、あくまでも楽しく、それでいて「あれでもない、これでもないと」と頭を使いながらおぼえてもらいます。もちろん、「○年だから○年の」とかではなく、簡単なものから少しずつ難しくしていきます。

脳は、頭を真剣に使ったときじゃないと記憶に残さない性質がありますので、楽しみつつも真剣に、プリントに挑戦してもらいます。

進める子は先へ先へ。
時間がかかる子でも自分なりのペースで、ということを大切にしています。

 

「読解力」を高める必要性

語彙力と同様に大切な「読解力」とは文字通り文章を「読み解く力」です。

ですから、ただただ文を「読む」だけではありません。読むだけなら、ふりがな振っておけば読めますからね。

では、「読み解く」とはなんでしょうか?

国語のテスト問題を解くことのように感じるかもしれませんが、違います。あくまでも国語のテストの読解問題は、きちんとした読解力が身についているかどうかを試す(テストする)ものです。

そもそも、文章とは何のためにあるのか?

文章とは、誰かが誰かに何かを伝えたいと思って記すものです
手紙や書類はもちろん、トイレの使用のルールから法律まで、必ず、目的があって書かれているものを文章(文)と呼びます。

「文章」とは(大辞林4.0より)

話し手または書き手の思考や感情がほぼ表現し尽くされている一まとまりの統一ある言語表現で、一つもしくは複数の文から成るもの。

ですから、自分ではなく、他人が書いた文章を正しく読み解くことができる力を「読解力」というんですね。

そこをはき違えて、「国語のテストの点数を上げるための読解力」と考えていると、ただ漫然と読解問題を数多くこなすことに走りがちです(そして大して効果がない)。

なお、よく国語のテストを解くのに必要な能力としてあげられる「要約力」ですが、読解力と表現力が組み合わさった力だと私は考えます。だって、読み解いた内容を元に表現するわけですからね。
「読解力」を鍛えなければ、「要約力」なんて生まれません。

 

読書で読解力が高まる子、高まらない子

それでは読解力をアップするにはどうしたらいいか?

読書をしたらいいのか?

それもなきにしもあらずですが、それだけではダメです。

ただ読んで「面白かった」「つまらなかった」とかでは、読み解いてはいないからですからね。

これは国語の授業でもそうです。

そもそも、学校の勉強だけで国語の成績がいい子って、たくさん本を読んでいるケースもありますが、学校の先生の国語の授業を真剣に聞いて、理解しようとしているんですよね。つまり、そこで、読み解き方を学んでいるのです。

だから、初見の問題でもわかるし、塾に行かずとも、読書をしなくても成績がいい。

つまり、読解力をアップさせるために必要なことは、真剣に「読み解こう」とすることです

文字にすると当たり前ですが、国語が苦手な子はほとんどこれをしていません。

よく、国語の授業は「真面目に受けている」はずなのに国語が不得意という子もいますが、実際はほとんどの子が受け身に「ただ聞いている」だけで終わってしまい、

「この文章に書かれているものは何か?」

「作者の意図していることは何か?」

と真剣に考えないことが多い。

読解力は「能力」ですから、受動的に話を聞いているだけで高まるはずがありません。

筋トレだって、形だけやったフリしてもムダですよね? それと同じです。

「僕はちゃんとやってますよ!」

だから、ただやらなきゃいけないからと、やみくもに国語のドリルをし続けたとしても、読解力はもちろん、国語力は上がらないのです

逆に、勉強は嫌いだけど、自分から主体的に本を読む習慣がある子は、読解力が高くなりやすい。だから、国語だけメチャメチャ成績がいい、という子もまれにいます。

自分で文の内容を理解しようとしているからです。

そういう意味で、読書させるなら、「推薦図書」ではなく、「本人が読みたい本」を読ませるべきです。自分が興味のある本を読んでいれば、文章に出てくる「語彙」も身につきやすいためです

それを抜きにして、安易にドリルに走るのは逆効果です。
それで好きになるはずがないでしょう?

 

読解力アップトレーニング

ですから、読解力をアップさせるためには、子どもが文章を読むことに対して能動的な状態にしないといけない

そのため、寺子屋での読解力アップトレーニングには、テーマはマンガやゲームや動画など、子どもたちの興味を持てる題材にした授業を行います。

そのため、文は知り合いのプロ作家による書き下ろしで、月単位でテキストは変える予定です(大変です!)。

初回は、鬼滅の刃に出てくる、『蟲の呼吸』が「虫でない理由」がテーマの、権田原丸三郎太「虫と蟲の歴史」より

また、授業も受け身にならないよう、プリントを黙々とやらせるのではなく、同じ内容を大画面テレビで映しながら、みんなで音読してもらいながら読める語彙や知らない語彙を解説しつつ、出題ポイントは、みんなで一緒に考えて、読み解いてもらいます

みんな嫌いな、「答えを書く」ことはしません。

というのも、国語とは「わかって、言葉に表現してもらう」事の方が大事だからです。
言葉にできれば、選択問題だろうが穴埋めだろうが出来るようになりますので、そんな「問題を解くためのテクニック」よりも、骨太のスキルを身につけてもらいたい。

というかむしろ、選択問題なんてものがあるから、文が正しく読めないのです。

国語力がある子は、文章を読めば、たとえば接続詞が入る空欄に何が入るか自分で考えられるので、それに合いそうなものを選択肢から選んでいるだけです。消去法なんて使いませんし、この方が確実で速いですし、一生モノの技術です。

私は言葉のプロである作家ですが、接続詞を一度これを入れたけど、こうじゃないな、と書き直すことはよくありますからね。そもそも正解なんてないんです。それをムリヤリ「違う」ものを混ぜ込んで正解を一つに絞らせるのは、学生のテストでしかありえない異常な状況です。

だから、「選択問題なら~」とか「要約は~」とかのテクニックは、受験生は別として、国語力を伸ばすためにはジャマなものでしかありません。なにより、そんなの楽しくないでしょう。

それよりかは、みんなで考えて、誰の考えに自分が乗るかとか、他の人はこう考えるんだとか、そういう風に文章と向き合った方が絶対に楽しい。

ですから、国語がキライ、長文読解がニガテ、という子でも遠慮なく、毎月くり返し参加してほしいですね。

そうやって、少しずつ読解力が高めていけたらいいと思います。

 

「表現力」を広げる必要性

それでは「表現力」とはなんでしょう?

私が思うに、少なくとも文章ということに関して言えば、「語彙力」と「読解力」を土台とした表現で「アウトプットする力」だと考えます。国語の答えを書くこともそうですが、人に何かを話すときの言葉のチョイスもそうです。

つまり、ベースには「語彙力」があり、その上に「読解力」があり、さらにその上に「表現力」があるわけですね。

言うなれば、国語力とは、語彙力という根を伸ばし、読解力という幹を高め、表現力という葉を広げることです。

語彙は目に見えないところで育つのです

それが、文字通り「言葉」を使うということですし、才能がある人は「花」を咲かすことも出来るでしょう。

表現力は、言葉のチョイス一つとっても変わります。

「大谷って、超スーパーウルトラスーパーなヤツ」

と言うよりは、

「大谷は、歴史に名を連ねる名選手をはるかに凌駕するほどの、スゴい野球選手だ」

と言った方が、表現力が豊かと言えますよね。

前者でもスゴいことは伝わるのですが、程度がわかりづらく、なにより「小学生か?」と思いますよね。

表現力は、特に大人に近づくにつれ必要になっていく力で、大学入試での小論文やAO入試や就職でのエントリーシートはもちろん、社会人になってからの企画書だとか営業トークとかにも使えますので、高度なスキルということになります。

小さい子どもの表現力が稚拙なのは、語彙力も読解力も育っていないから、アウトプットが弱いためです(だけど、小さいながらもバランスは整っているので、たまに素敵な表現もできます)。

言うなれば、
豊かな語彙力や読解力があって初めて、豊かな表現、すなわちアウトプットができるのです。

子どもの頃からの読書愛が過ぎて本まで出した、芦田愛菜さんはそんな存在の代表格ですね。

語彙力も読解力も育っているからこそ、表現力が豊かになるのです。

 

まとめ:国語力をアップさせるために…

このように、国語力をアップさせるには、

「語彙力を伸ばすこと」
「読解力を高めること」
「表現力を広げること」

が必要だということです。

こういうことをわからないまま、

とにかく語彙を増やすために言葉の丸暗記をさせるとか、

漢字の書き取りを延々とやらせるとか、

読解力を高めるため、ただ国語の読解ドリルをやらせるとか、

よくわからないまま要約をやらせるとか、

いくらやっても効果が出ないのがわかっていただけたでしょうか?

注意

ドリルでも、ちゃんと指導を入れられるならたくさんやらせるのは効果的ですし、目的意識があるなら要約の練習も意味があります。

むしろ、そういうコトにとらわれすぎてしまうと、国語が楽しくなくなってしまい、逆効果であることも多いです。

先ほど「国語力」を樹木に例えましたが、

漢字の書き取りを延々させることなんて、延々水を注ぎ続けるのと同じことですからね。

語彙をムリヤリ伸ばそうとする行為です

そんなのでは、その時は暗記しても後で忘れてしまうこともあり、使える語彙は増えません。もちろん、それでは読解にもプラスにはなりませんし、むしろ国語が嫌いになり、国語力の木は枯れてしまう(=国語が嫌いになる)。

あくまでも、語彙力という根を伸ばすように、本人の成長しようとする意志をうまく使いつつ、適度なタイミングで適度な量で語彙を与えていく必要があるのです。

逆に語彙力が育たなければ、読解力がアップすることはありませんし、表現の葉を広げることもできないでしょう。

それでは、読解力だけを高めても仕方がありません。
だって、読み解けたからどうなんですか?ってなりますからね。

 

このように、国語力は、どれか一つを育てようとしてもうまくいきません。

植物が一日で大きくならないように、正しく地道な積み重ねが必要ということです。

だから、国語力はなかなか伸びないのです(努力の方向性が間違っていたらなおさら)。

ですが、逆に言えば、正しく地道な積み重ねをすることで、どんな人でも国語力は伸びますし、なんなら、表現力の花が開くこともあります。なにせ私なんか、小学校~高校まで、小説なんか一冊も読んだことないですからね笑。

ぜひとも「国語塾」にご参加下さいませ。

 

おまけ~ネーミングの話~

寺子屋の授業で今のところ、「国語塾」だけ「塾」がつくのは、塾は目的を持って学ぶ場所だからです。

たとえば「そろばん塾」はそろばんを学ぶための場所ですよね?
「国語塾」も、国語というものが好きになるように、得意になるように学ぶ所、というネーミングにしました。

なお、「学習塾」に関しては、よく、「塾に行かせているのに勉強しない!」と親御さんが言うケースがありますが、たいてい、子ども自身が塾に学習しに行く目的を持っておらず、親に行かされているだけだからですね。

だからだいたい、授業もちゃんと聞いてないです。塾のせいじゃなく、目的意識が乏しいからです。

これも「真剣に」という話同様、身が入っていないのであまり効果がないのです。

目的意識って大事なんです、とっても。

 

  • この記事を書いた人

メンター 田中聖斗

名古屋市守山区で地域の学び舎『鳥羽見寺子屋』を主宰。塾に行けない・行きたくない子の学習指導や、子どもたちの学びを促す特別授業をやっています。子どもたちに寄りそうことを重視し、どんな子でも受け入れています。作家・企画屋・家庭教育アドバイザーです。花粉症の舌禍免疫中のため、現在は年中メガネです。

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