「やる気スイッチ」というと、CMでもおなじみのあの某塾さんを思い浮かぶと思います。
実際、「やる気スイッチ」って、スクールIEやキッズデュオの(株)やる気スイッチホールディングスの登録商標なんですが、「やる気スイッチ」って、私の記憶では、保護者の間で使われていたものが始まりだった気が・・・とはいえ、商標出願は2009年なので、どっちが先か今ではわかりませんが。
さて、そんな「やる気スイッチ」を見事ビジネスとして成功させた創業者、松田正男氏の著書『「やる気スイッチ」が入る!30のヒント』を読んでみました。
スクールIEさんのWebサイトにバーンと宣伝してましたので、「やる気スイッチ」をどこまで掘り下げているのか興味本位で取り寄せたのです。
本のザックリとした内容
結論から言うと、子ども向けの自己啓発エッセイ本でした。
「30のヒント」と題しているように、30のワードとそれについてエッセイ調でだいたい1~5ページぐらいにまとめてあり、出版社がPHP研究所なので、まさに「らしい」本ですね。
たとえば、30のヒントのタイトルと内容の一部をまとめるとこんな感じ。
4 「やる気スイッチ」が入るための準備をしよう
- 体が健康になると心も健康になるから、まずは生活リズムを作ろう
- 朝ご飯は絶対食べる
- 自分で決めたルールを毎日守り、習慣にしよう
- 夢や目標を明確に
8 自分だけの「見えない階段」を上ってみよう
- 充実した毎日を送りたいなら「こうなりたい」という夢を決めること
- 一生懸命努力すれば、3,4ヶ月で達成できそうなことを具体的に
- 自分が挫折しない程度の角度の階段にして、絶対にあきらめない
- 達成したら次の夢を描けばいい
- すると、今までできなかったことができると思えるようになる
15 幸せかどうかを、あなたは決めることができる
- 世の中には不平等な側面はある
- それぞれの個性や才能をかしながら成長していくしかない
- それが人生の面白さ
- だから自分が幸せを決める
21 学校の勉強と関係ないことも大切
- 点数がハッキリしているのは、大人が評価しやすいから
- 学校の勉強だけがすべてではない
- 学校の勉強以外のことも生きていくには必要だ
自己啓発本を読み慣れている人からすると何も新しい発見はないかもしれないけど、こういう本を読んだことがない子どもにとっては、「なるほど!」と思うことはあるかもしれません。
また、「教育」「子育て」のことがまったくわからずどうしよう!と思っている保護者の方で、普段本をまったく読まない、分厚い本が苦手!という方には読みやすい本かなと思います。
逆に、教育関係の仕事に就いている人が読むと、塾の学生バイト以外の人にはほとんど何も得ることがないくらい「当たり前」の事が書いてあるな、という感じでしょうね。
ディスっているわけではありませんが、特に「やる気スイッチグループならでは」を感じる内容はありませんでした。
そのため、ある意味万人に勧められるけど、逆に言うと、「是非に」とも言いづらい本です。
なんとなく、「やる気スイッチってどこにあるんだろ~。あっ、『やる気スイッチ』って書いてある本だ!ヒントあるかな?」と手に取る子がターゲットのような本ですね。
もしくは、スクールIEに入った子にプレゼントするとか、CM通り、やる気スイッチを探したい人向けです。
あのCMも、あの会社のDMも、よく出来た広告
それにしてもあのCMって、ホント良く出来ていますよね~。
やる気スイッチ 君のはどこにあるんだろ~♪
(略)
見つけ~て~あげるよ 君だけのやる気スイッチ♪
気づいた方も多いと思うんですけど、誰も「押してあげるよ」とは言ってないんですよね。あくまでも「見つける」だけ。
「押す」とも言ってない。「押すのは自分だから」とも言えるのですが、親御さんからすると、押してほしいですよね笑
でも実際、「押します」とは言えませんよね。
もっと言えば、「見つけてあげるよ」という意志を表しているだけで、「見つけます」とも断言していない。
この辺、進研ゼミのDMに入ってくるマンガの生徒の点数が、「テストの点が悪かった!」と言っても70点台で、それがチャレンジで100点になる、というのに似ています。
あくまでも、50点台の子をチャレンジでは100点にできる保証はないですよ、と保険をかけているんですよね。
たしかに実際、小学生なら70点の子を100点にするのは難しくありませんが、50点の子を100点にするのは難しいので(もっと前の学年からつまずいている可能性大なので)、安易に「出来ますよ」とは言えないんですよね。
今は広告に対しての視線も厳しいのでなおさら、あたかも絶対できるような表現はできませんからね。
広告って、「ウソは言ってない」ということが大事なんですよね。
「やる気スイッチ」はどこにある?
それでは「やる気スイッチ」はどこにあるのでしょう?
この本にも、「いつ押されるかわからないから準備をしよう」とは書いてありますが、どこにあるかは書いてありません。
実際、押されるタイミングも、
算数や数学のように、答えが一つに絞れたら苦労はないのですが、「やる気スイッチ」が入る方法を教えてくれる魔法の方程式はないのです。(松田正男著「やる気スイッチ」が入る!30のヒント』より)
のように、わからない、という結論です。その通りです。世の中そんなに単純じゃないと。
ただし、
こうしたら「やる気スイッチ」が入るとは言えませんが、こういうときに「やる気スイッチ」が入りやすいということは言えるのです。(同)
のように、「やる気スイッチ」はいきなり入らないから、そのための準備をしておこう、というのが松田氏の主張。
それが先ほどの「早起き、朝食、習慣」みたいな、学校の先生だって言っているようなことプラス、「勉強をしよう」「偏差値を上げておこう」「数学は苦手でも頑張ろう」「英語は大事だ」「あきらめずに頑張ろう」と、どこの塾の先生でも言いそうな事が書かれています。
なのでたぶん、「見つけてあげるよ」はやっぱり、「意志」であって「約束」ではないんですよね。
いや、どんな塾講師だって、やる気スイッチを見つけて、なんなら押してあげたいですからね。というか、そんなの待ってられないですし。
そういう意味で、「やる気スイッチ」は確かに同社の登録商標ですが、別に他の塾でも探してくれるはずなのでご安心を。
まぁ、集団塾の場合はそうでもなかったりしますので一概には言えないかもしれませんが(そういう意味で「個別指導」と「やる気スイッチ」の組み合わせが強いプロモーションになるのでしょう)、大事なのは一人一人の子が、情熱を持って事に当たれるようにしてくれるか、ということですね。
集団塾でも、生徒の反応をよく見ている講師であれば、やる気スイッチを喚起することもできるでしょうし、実際そういうのがなかったら、集団塾はやる気のない集団ということになってしまいますが、実際は、集団塾の方がやる気があったりする場合もありますよね。勉強する気がある子が集まっているところは。
勉強しない子のために生まれたのが「個別指導塾」で、勉強しない子をする子にさせたいために生まれた言葉が「やる気スイッチ」とも言えますが、その「やる気スイッチ」を勉強だけに絞ると、たぶん見つからないことも多いのではないのかなと(なので、「やる気スイッチに通ったけど押されなかった」みたいなことが起こります)。
松田氏も本の中で、
しかし、学校で一番評価されるのは、勉強ができる才能です。
私は、このことが不満でなりません。
本当は、すべての才能がどれもこれもとても大切な才能なのです。(同)
と述べています。
「やる気スイッチ」は、実は、どこかにあるというよりは、本来は「どこにでもある」ハズなのです。
あの人の話の方がやる気スイッチ押されるかも!?
残念ながら松田氏は、本の中でこの点をあまり掘り下げていませんが、この視点を持ちつづけられる親御さんであれば、子どもは才能を伸ばせる可能性、「やる気スイッチ」を押せる可能性は高いと私は思います。
「勉強」よりも「成長」を大事にすることですね。
さかなクンとか、良い例ですよね。
学校ではオール2で、大学にも行けず専門学校しか行けなかったさかなクンですが、今や准教授(名誉博士)です。
さかなクンのお母さんは、さかなクンが小学校時代、はじめて魚系の「タコ」にハマった時、毎日タコ料理を出したり、毎週タコを見るために水族館に連れて行ったそうですが、それ以前にも、ゴミ収集車にハマっていたさかなクン(その時はトラッククン?)に「内緒」と言ってお母さんが連れて行ったのは、収集車が大量に集まる集積所、というエピソードがありました。
「好き」なものに夢中になれる「才能」を大事に育てた、また、それが楽しかったと。
その結果、みるみる内に「魚好き⇒魚マニア⇒魚オタク⇒魚博士⇒さかなクン」になったわけです。
しかし、多くの親御さんが、学校の勉強が「成績」という尺度で評価されはじめると、そこしか見えなくなります。
だからこそ余計、ずっと見てきたはずの我が子の「やる気スイッチ」が見つけられなくなるのです。
そして、「勉強の」やる気スイッチはどこにあるのかと探すのです。
見つからないから、CMにピンと来てしまうのです。
そして、「塾に行っても見つからない」となりますが、それはムリからぬことなのです。
宝のない所で探しても宝は見つからないですよね?
「やる気スイッチ」を探す必要はあるのか?
こんなこと、学習支援をしている人間が言うのもどうかと思うのですが、勉強だけを見ていては、子どもが見えなくなります。
ですから、鳥羽見寺子屋では、寺子屋で見つけた子どもの「こんないいところがある」と思ったことは、保護者さんにお話しさせてもらうようにしています。勉強よりも大事なスキルを持っている子もいますからね。
木曜の寺子屋の日、同じ2階では書道教室をするのですが、そちらの先生と顔を合わせると毎回、ちゃんと「こんにちは」と言えるので褒められていた子のことを、親御さんにも報告させて頂くこともありました。中学に入って、すぐに友だちをたくさん作れた子は、それも素晴らしいと伝えました。
(特に義務教育レベルの)勉強は大事です。が、それ以上に大事なこともあるのです。
私は色んな会社でいろんな人を見てきましたが、勉強の大切さと同時に、勉強だけじゃダメということも実感しているので、特にそう感じます。
「君だけのやる気スイッチ」という言葉があるとおり、やる気スイッチは、人はそれぞれ違うものです。
ですから、最初にその視点に立たないと、結果的に押されていた、ということはあっても、本当の意味で「やる気スイッチ」なんてのは見つかるはずもありません。
大事なのは、「その子」そのものだということを忘れないことです。
・・・ということは本に書いてなかったですが、もし、勉強についてのやる気スイッチが「ある」子であれば、この本は参考になるかもしれません。
具体的には、答えがあるものを探すことが好きな子、人と相対的にランク付けするのが好きな子、人の言うとおりにやることを苦痛と思わない子、というところでしょうか。ネガティブにとらえられるかもしれませんが、これはこれで大事な才能です。こういう人がいなかったら、社会は混沌としますよ。
あと「勉強のやる気スイッチ」であり得るのが、勉強が「目的」じゃなく「手段」になる子ですね。
たとえば、新しい燃料電池を作りたいと思ったら、理数系の勉強をしなきゃいけない、となった時ですね。こういうのが「理想」でしょうが、みんながみんな、こうなるわけではありません。
なので、「やる気スイッチ」を探したり待つよりも、勉強することに楽しさをおぼえさせた方が早いでしょう。
大概の塾はその気持ちでやっているんじゃないかなぁと。
やる気なんて待ってても、押されなかったら意味ないですしね。
この本はここがウリ!
なお、この本の中には、一代でこれだけ浸透した塾グループを作った松田氏の幼少時代の話などが盛り込まれているので、その辺はとても興味深いですね。
父親がいないからサラリーマンが夢だったとか、それは小さい夢だから大きな夢を持てと先生に言われたとか(ひどい話だ)、勉強できないのに生徒会長になってバカがバレたので必死に勉強する「やる気スイッチ」が入ったなど、スモールステップの個別指導にこだわる氏の発想の原点も垣間見えて面白いです。
ちなみに、30あるフレーズの中で一番、「サラリーマンが夢だった」という松田氏らしいと感じたのが、「29 夢のサイズは自由に決めていい」です。
1ページもないエッセイですが笑、ここに氏の考えが凝縮されている気がして私は好きです。
私にとって「夢」とは、精一杯頑張ればなんとか実現できるなかで、最大級のものです。
ですから、あなたにも、最終的には最大級サイズの夢を持って欲しいと思います。
もちろん簡単に達成できる小さいサイズの夢を持っても問題ありません。(同)
もちろんこの後に、「最大級」を目指す意義というのも語られるのですが、そこまで書くとアレなので。
こういう氏の考えが「新鮮」と思う方、子ども用の自己啓発本を探されている方は、一読されてもよいかもしれません。