今の子たちは「D」を「デー」と発音することはありませんが、「CD」を「シーデー」と発音してしまう世代の人たちがいます。
それはなぜかというと、昔は「D=デー」と教えられていたことと、当時の日本語に「ディ」を使う言葉がなかったからです。
それが「ディズニー」「ディーゼル」など、「ディ」を使う外来語が増え、学校でも「D=ディー」と教えるようになりました。
しかし、「D=デー」と教えられてきた人たちに、どれだけ「シーディー」なんだと伝えたところで、「シーデー」にしか聞こえないので、永遠に「シーデー」と言い続けます。
つまり、「聞こえない音は言えない」つまり、表現できない、ということです。
言語(ことば)を学ぶときに大切なのは、文法もさることながら、文字と音を対応させることです。
たとえば英語の失敗であるあるなのが、「pencil」を「penciru」とローマ字風に単語を書くことです。
実際の英語では最後の「l」は「ペンシル」のようにハッキリ発音していないのに、日本語風に読んでしまった結果生まれるミスです。
英語の発音にしろ文法にしろ、正しい知識を身につければ、そういったミスは起こりにくくなります。かといって、ガチガチに「これはこうです!」とおぼえさせようとしても、どんどん楽しくなくなっていきます。
言語とは本来、コミュニケーションのために存在するものなので、楽しく「使いながら」身につけるべきものです。
そのため、寺子屋ではリラックスできる環境で、講師に習って、正しく話す、正しく書くといったことを学んでもらっています。
その積み重ねで、英語が一番の得意教科になる子もいるのです。
(本コラムは鳥羽見小学校で配布された、寺子屋通信の内容を再掲しております)